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何回だってハッピーエンドを経験できるのが人生物語なんだ。

 6年前のきょう、どうやらぼくは引っ越しの真っ最中だったようで。当時のぼくは独立したはいいものの、、、アルバイトに明け暮れる生活を送っていた。それなのに、である。なにをトチ狂ったか、千葉のアパートを引き払って、東京のなかでも人気のある中目黒へと引っ越しをするという、いまから考えたら暴挙に近いことを実行に移していた。勇気あるな〜、むかしの俺。

 でも実際には、「勇気あるな〜」なんて軽い言葉では片付けられないほど、当時のぼくはビビっていた気がする。目に見えないプレッシャーに震えていたと思う。心が折れてしまわないように、数冊の本をお守りのように肌身離さず持ち歩き読みつづけていた。しかし、悲観的だったかというと、そんなこともなかった気がする。心のまんなかには、吹けば消えるような小さいものだったかもしれないけれど、希望の火が灯っていた。さぁ。一体これから、どうなるんだろう、と。

 サラリーマンとして働いていたときは、毎月決まった日にお給料は入ってくるし、明日どうなるのかだいたい予想ができた。だからといってそれは、別に悪い生活だったというわけでもないのかもしれなくて。生活とは、人生とはそういうものだ、と言われたら否定はできない。しかし、いまになって思う。先が何となくわかってしまうことは、人を悲観的にしてしまう。じわりじわりと、魂みたいなものを蝕むように。

 つねに安定を捨て、100%ギャンブルのような生き方をしよう、などと言いたいわけではもちろんなく。ただ、どうなるかわからないドキドキ感を感じることに飛びこんでいくのは、じつは「心のエンタメ」だったりして。で、実際に。まるで映画の主人公のように素晴らしいハッピーエンドをもたらしてくれたりもする。

 ただし注意点は、途中どうしても波乱万丈がある点と、映画と違って一旦ハッピーエンドを迎えても人生はつづくよ、どこまでもな点である。でも違う角度から見れば、ハッピーエンドを何回でも経験できるのが人生物語でもある。考えようによっては、ものすごいことだなぁ。ということでぼくも、次なるハッピーエンドに向けて不安定な未来に飛びこんでいます。

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 きょうも読みにきてくださって、ありがとうございます。6年前のきょうの、ぼくの机のうえの写真。いまの本棚のラインナップとぜんぜん違う。人は変わってゆく。

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まだの方は、
ほんとにちいさな物語でもどうでしょうか。


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なんだかんだ、人生うまくいく!
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末吉 宏臣

物書き、編集者。年内フォロワー1万人を目指してます。応援よろしくお願いします。小説集『ブンガクフリマ 28ヨウ』に短編小説が掲載。自分らしく生きるためのメルマガを月額400円で配信中。ツイッター:https://twitter.com/hiroomisueyoshi

コメント1件

私はお腹がいっぱいになった時も同じ気持ちになります。
あんなにお腹いっぱいで、幸せな気持ちになるけれど、人はまたお腹が空くのです。例えそれが、どんなに安い食べ物でも、ご馳走であったとしても。でもそれは、またその満腹感と至福感を感じる為であると思うのです^_^

そう考えると、人生もそうなんですねw
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