海を渡る「とんかつ」

創業40年になる川崎の本店から、こだわりと技術を受け継いで2006年に代々木上原に開店したとんかつ屋「武信」。国内では有名百貨店で取り扱われるだけでなく、ミシュランガイド東京のビブグルマンに2度掲載されるなど、非常に高い評価を得ている。近年は海外のとんかつ専門店のプロデュースやコンサルティングも行う。

(代々木上原の閑静な商店街の一角にあるお店の外観)

そんな「武信」の店主、武田和也さんにとんかつのこと、お仕事のこと、海外展開のことを聞いてみた。



目次 - content -
第1回 「とんかつ」の魅力と美味しさ  
第2回 自分の個性を活かして起業する方法
第3回 海を渡る「とんかつ」 


第3回  海を渡る「とんかつ」


末吉
フィリピンへの出店プロデュースの依頼は偶然というか、いきなりチャンスが来たんですか?


武田
はい、フィリピン人の事業家が、フィリピンに「とんかつ専門店」を開業したいということで、パートナー探しで来日した時、うちのお店にもリサーチしに来て出会いました。でも、今から思うと、お店で培ってきたノウハウを他に広げるようなこともいずれはやりたいなって、ずっと思っていました。それで海外にも興味があるから、話がきた瞬間に、直感で「あ、面白そうな仕事がきたな」って。

末吉
それでのった、というか?

武田
そうですね。直感だったから迷いは一切ありませんでした。今の自分の店も、まだ自分が居ないと回らないような状態なのに、外に出ていくなんて果たしてどうなんだろう?そういうことはちょっと考えましたけど、失敗したらどうしよう? リスクはどうなのか? とか、そういうのは一切ありませんでした。

末吉
覚えている範囲でいいのですが、自分のノウハウを世界に広めたいというのは、いつくらいから、なぜ、そういうことに興味を持ち始めたんですか?

武田
もともと留学したこともあったのもあって、海外にも興味はありました。また、自分の飲食業界のメンター(師匠)も、自分の培ってきたノウハウを教えるとか、プロデュースするという仕事をしていたので、割と何をやっていったらいいかというのがイメージできたんですね。

末吉
なるほど、最初に話を聞いたときは正直、どう思いましたか?たしか、国内の色々なお店を回って、最後にたどり着いたのが、武信さんだったとお伺いしました。

武田
はい、確かに話をもらったときは、フィリピンにも一度も行ったこともなかったですし、この人はいったいどういったことがやりたいんだろう?とか、そもそもこの人は誰なんだろう?という感じでしたね。ただ、名刺交換した後、すぐに向こうから自分のプロフィールとか、フィリピンのマーケットのこととかいろいろ熱心なメールが来てやり取りをして、じゃあ、まずは現地を一回見てみようということで渡航してみたのが最初です。


末吉
プロデュースということで、フィリピンの人に教える機会も多かったと思います。人に「教える」というのは以前から好きだったんですか? それとも、行ってみてやってみたら「けっこう面白いな」という具合に、自然にその面白さに気がついて、夢中になっているうちに今に至るという感じだったのでしょうか?

武田
実際現地に教えに行ってみたら、やっぱり日本とフィリピンでは食材が違うし、作り方は全てをゼロから作らないといけなかったんですね。現地の人たちと、美味しい「とんかつ」をどうやったら作れるか一緒に試行錯誤して新しいものを創り上げていく、その過程が楽しかったです。

それこそ、肉に塩コショウをする時は「全体にいきとどくように10インチ(30cm)以上高いところからふること」「このグラムの肉はフライヤーに入れてから、何分何秒揚げて、蒸らし時間は何分取ること」「パン粉を付けて揚げる食材の順番」「カツは何切れにカットする」というところまで、すべてをマニュアル化しました。

末吉
へー、そんなに細かいところまで! フィリピンの方と一緒にまとめていったんですか?

武田
しゃべって一方的に教えるという感じじゃなくて、やっぱり向こうの人と、向こうの肉を使って、これだったら何分がちょうどいいかなと、一緒に一つひとつ検証していきました。

末吉
そうですよね。日本でも、他の「とんかつ」を扱うチェーン店さんだと、ここまでマニュアル化されているかもしれませんね。

武田
オートフライヤーという、アルバイトの人でも揚がったら自動的に出てくる機械もありますよね。

末吉
なるほど。

武田
でも、それを使うと何が問題かって、あまり多くの食材を揚げるのに対応しきれなくなるんです。フィリピンのお店だと、白身魚、エビ、イカ、ホタテ、カキ、サーモンなどの魚介から、ヒレ、ロース、チキンなどの肉はグラム違いで何種類もある、という具合なので、そこまでたくさんの異なる食材をオートフライヤーでは揚げることができないんです。

末吉
揚げられないですよね。このあたりもノウハウですよね、海外でやるときの独自の考え方というか。本当なら、もうちょっと機械を入れる、ってこともできるけど、このぐらいメニューに種類があるとできなくなっちゃう。

武田
チェーン店で働いたことないから他のチェーン店がどうやっているのかわからないですけどね。ゼロからつくってるから。

末吉
海外、と聞くと、やはり言葉の問題や文化の壁みたいなものが思い浮かぶのですが、そのあたりは大丈夫だったのでしょうか?

武田
ありましたね。あとは、こちらもお仕事として行くので、「ちゃんと教えてくれよ」という先方のプレッシャーがありました。現地にどんな食材や機材があるか、行ってみないと分からない状態でしたが、食材が違うから美味しい「とんかつ」はできなかった、ということはあり得ない。違う食材でも現地の人たちが美味しいと思う「とんかつ」の作り方を、いついつまでには必ず見出してくれよ、というプレッシャーですね。でも、その期待というか、想いに応えていこうという、ということで色々やりました。


末吉
その当時のことで何か印象的なエピソードとかありますか? 向こうで大変だったことや、これは醍醐味だったよなぁとか。

武田
1店舗目が大繁盛した時、オーナーから相談を受けたんです。ものすごい行列ができているから、隣の空いているテナントの壁を壊して、倍の大きさのお店にしようと思うけどどう思うかって。僕は行列ができている方が話題になるし、お店を倍にしても品質の低下が心配だったので難色を示したのですが、彼は考えたけど「やる」と。

それで、そのキャパに合わせて厨房も拡張することになり、その店舗の揚げ物を揚げるキッチンを2か所に増やしました。それでその店は席数100席近くの大きな店になったんですけど、それでも行列がなくなることはありませんでした。想像を超える大繁盛です。そこから、店舗展開が始まって、行くたびに組織が大きくなっていきました。でも毎回毎回、活気付いていって、勢いよく伸びている空気感がすごく楽しかったですよ!

末吉
最初数人で始めたのが3年で8店舗になったんですよね。スタッフは何人くらいになったんですか?

武田
最初から客席が100を超えるくらいの大型の店を出していきましたから、厨房とホール合わせて各店舗が20人から30人くらい、それが8店舗なので200人くらいでしょうか。

末吉
最初からその規模感で展開するってすごいですね。でも、そんなにたくさんのスタッフと最初から一緒にやるのって大変じゃなかったですか?

武田
やっぱり向こうに何回も通ってると、いつも一緒に顔を合わせるスタッフたちとも仲良くなっていくので、一緒に店づくりをしていくところは楽しかったです。みんなで「どうやったらもっと美味しいとんかつ作れるかな」となった時は、自分の経験を生かして「じゃあ、こういう風にしていったら」とか、色々現地の人では思いつかないようなことを、一緒に考えていく過程は面白かったですね。

末吉
今、フィリピンでは「とんかつといえば」というくらいの認知度になったんですもんね。

武田
YABUはフィリピン国内では初のとんかつ専門店ということで、現地で大きな話題になりました。ただ、僕はとんかつ作りの技術的なことは一緒にやりましたが、店舗展開の戦略とかSNSを使っての広報というのは、組んだ企業のマーケティングがすごく強かったのが大きかったです。

末吉
現地の人の力を借りながら、一つの国に「とんかつ」というものが広がっていく、すごく大きな役割を果たしたということですね。「いかにして日本の高い質の料理をそのまま届けるか」ということに尽力されるのと同時に、現地のものに合わせ変化をさせているのでしょうか?

武田
日本人は一人もいないローカルなエリアに出店することも多いですが、味付けは現地に合わせています。たとえば、少し多めに塩、胡椒をふっているので、日本人には味が濃く感じられるかもしれません。でも、現地の人にすると、塩、胡椒が強いくらいがちょうどいいようです。あと、肉はきちんと火を通します。日本人なら多少ピンクっぽくても大丈夫だけど、現地では菌に対する抵抗感がすごく強いので、ピンクっぽいものは完全にアウト。しっかり火を通してないと、突き返されてクレームになってしまうんですね。こういったことも、現地の人たちの意見を聞きながら一緒につくっていかないと分からないことが多いですよね。


末吉
フィリピンの人の舌に合わせたものを作っていくということですね。お客様に合わせることを徹底されていますね。そういう形で広まってきて、よかったなぁと感じることはありますか?

武田
フィリピンという違った場所や視点で、同じ「とんかつ」というものを見ていると、自分の店に生かせるヒントをもらえるんです。視野が広がって自分の店を客観的に見ることができる機会にもなるので、「こっちでこういうやり方がウケたら、なるほどなるほど、日本でもこういうのがいいかも」と、自分の店に対するフィードバックにもなります。あとは、リフレッシュにもなるとかですかね(笑)

末吉
グローバルな視野に立った職人さんのようですね、武田さんって。やっぱりどうやったら美味しくなるか、いい店になるかを考えていますもんね。

武田
フィリピンに行った時、マネージャーが開店前に確認する「チェックリスト」を見ていたんです。その時、日本でも「なんかこれ、いつもぬけちゃうよね」みたいなことがあるので、ちゃんと朝の準備のチェックリストみたいなの作ろうかなと、うちの店にも取り入れたことがあります。そういうところは本当にやってよかったなって思います。

末吉
それがまた日本のお店に良くなることにすごく貢献してるってことですよね。

武田
他にも、フィリピンで組んでいる会社の経営者は、何百億のビジネスをやってるような財閥のすごい人だから、一緒にいるだけで、ものの考え方やスケール感など、とても刺激を受けますよ。

末吉
一番驚いたことあります? 「これは、すごいな」とか。

武田
2011年に開店した時は「3店舗いければいいかな」みたいだったのに、一度うまくいき始めたら、一気に10店舗まで伸びていく、あのスピードと展開力はスゴいと思いました。

末吉
それは、大きな器がないとできませんね。そこに凄みを感じていらっしゃるところが、武田さんも経営者なんだなと感じますね。ただ同時に、美味しい「とんかつ」を作ろうという職人としてのこだわりも大事にしていらっしゃったり、自分の店をどう良くしていこうかと常に考えているのはスゴいなぁと思います。

武田
原点はそこだから、自分の店が良くないとどこかから声もかからないと思うし、外にも出ていけないと思います。

末吉
プロデュースとか外ばかりやってたら、中の方がおろそかになっちゃうっていう。

武田
「なんか外で色々やってるようだけど、イマイチ味が落ちたな」とならないように。


末吉
意識してやってらっしゃるんですよね。他にも海外で活動していて印象的なことはありますか?少し話は変わりますが、フィリピンでいくつかのボランティア団体に支援をしていると聞きました。それはどうしてやり始めようと思ったんですか?

武田
フィリピンに頻繁に行くようになりましたが、フィリピンという国に対して自然とアンテナを張るようになりました。そうすると、テレビでたまたまフィリピンの農村、スモーキーマウンテンの貧困に苦しむ子ども達の特集をやっていたんです。自分が仕事で行っているショッピングモールの周囲は発展して中間層が増えて、お客さんも増えている、という世界を見ていました。ただ一方では、そういう現状もあるんだなと知って、ショックを受けました。

※)スモーキーマウンテン
スモーキーマウンテンとは、フィリピンマニラ市北方に位置するスラム街のこと。名称の由来は、自然発火したゴミの山から燻る煙が昇るさまから名付けられた。元々は焼却されなかったゴミの投棄場で、マニラ市内で出たゴミが大量に運び込まれている。そのゴミの中から廃品回収を行い、僅かな日銭を稼ぐ貧民(スカベンジャー)が住み着いたことで、急速にスラム化した。

そこからフィリピンのことをもっと知りたいなと思って、インターネットで日本人で支援活動などをやってる人がいないかと思って探したんです。その中から気になる団体と連絡取ってみて、現地を案内しますよというツアーに参加してみました。

末吉
おぉ、そこまでやったんですか?

武田
フィリピンとかかわる日本人と知り合いにもなりたかったですし、そういった方たちから見たフィリピンのお話も伺いたいと思ったんです。活動に参加する毎に、「これがフィリピンの現実なんだ」と気づくことがたくさんありました。そこから支援をするようになりましたね。

末吉
とっても素敵な動きですね。

武田
フィリピンで貧困支援の活動をしているような団体にはほぼ全部コンタクトしました。

末吉
わぁ、それはすごいなぁ〜!

武田
そうしたら、個人的に応援したいなとか、ここだったら何か一緒にできるなっていうところがいくつかあったんです。


武田
その中の一つが「こどもたちが自分たちの力で、夢に向かって思いっきりチャレンジできる社会をつくる」という想いで、フィリピンのストリートチルドレンや、孤児院を支援している、NPO法人「アクション」という団体で、そこと一緒に何かできないかってずっと模索していました。

それで、うちは飲食店をやっているし、「テーブルフォーツー」の仕組みを使って、フィリピンの小学校の学校給食を支援しようということになったんです。そこから、今までアフリカを中心に支援していた「テーブルフォーツー」が、フィリピンでも始めていこうという流れになりました。今「アクション」さんが、実際に支援で動いています。

具体的には、うちのお店のお客様が、定食またはかつ丼をご注文され時に「ご飯を少なめで」、とご注文いただくと、お店から20円が学校給食に寄付されるという仕組みです。それまで、特に女性や年配のお客様がご飯を残されたものは廃棄していたので、この仕組みを取り入れたらと考えました。

これを始めてから2年くらいになるのですが、これによって、ご飯の廃棄も減りましたし、お客様もご負担なく社会貢献に参加できるしということで、だいぶ浸透してきました。経済的に恵まれず空腹で学校に行かなかった小学生が、給食を食べられるようにすることで、通学するようになったり、授業に集中できるようになったりと、成果を上げてきているようです。

末吉
ボランティア活動をやって、よかったなと思うことはありますか?

武田
フィリピンという国を立体的に見ることができるようになりました。やり始めたきっかけを思い返した時、フィリピンからチャンスをもらっていたことに気づいて、「有り難いな」と思ったんです。だから、フィリピンに何か恩返ししたいな、と思っていたので、それを形にできるのは素直に嬉しいな、と感じています。

末吉
なるほど、ご自身の事業だけでなく、発展した事業が世界への貢献にまで繋がっていくという、いい循環が生まれる一つの理想的なモデルを見させていただいた気がしました。今回は急な取材の申し込みを受けていただいて、ありがとうございました。

武田
いえいえ。こちらも楽しかったです。

(おしまい)

【テレビ番組『未来世紀ジパング』取材風景】


とんかつ 武信

主に千葉県産のSPF豚を使用し、こめ油で揚げた「とんかつ」を御膳や丼にして提供。魚介のフライメニューも用意するなど、「とんかつ」専門店でありながら豊富なメニューを用意。夜間営業では豊富に取り揃えたアルコール類も楽しめ、昼夜で異なる雰囲気の「とんかつ」を楽しむことができる。

所在地: 〒151-0066 東京都渋谷区西原3丁目1−7
電話: 03-3466-1125

営業時間:[火~金]
11時30分~14時00分 (L.O.)
18時00分~21時45分 (L.O.)

[土・日・祝]
11時30分~14時30分 (L.O.)
17時30分~21時30分 (L.O.)

公式HPhttp://take-shin.net/bunten/
公式ブログhttp://take-shin.net/wp/

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奇跡のような毎日になりますように。
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末吉 宏臣

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