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不都合なことから目を背けない。

 ゴン。鈍い音がして、車内が騒然となった。別れのあいさつを交わして、友人が電車から降りた直後に、それは起こった。横を振り向くと数メートル先で、若い女性が床に頭を打ちつけて倒れていた。彼女の友人なのか、ただ隣り合わせただけの人なのかわからない女性が悲鳴をあげて抱きかかえる。そばにいた男性も力を貸して女性を外へと連れだした。

 顔面は蒼白。人間らしい表情もすべて滑り落ちていた。電車は緊急停車。付き添いの女性の力を借りて立ち上がろうと試みたが、肢体からは力が抜けそれはまるで人形のよう。移動はあきらめて地べたに坐りこみ、救助の駅員を待った。その間、数分。まわりの人たちはもう、何事もなかったかのように日常に戻っていた。いや意識的か無意識的か目を背けているようにも感じられる。ぼくはというと、彼女から目が離せなくなっていた。

 胸は不吉な雨雲に覆われたように締めつけられる。じっと見ていてはいけない気もしたし、一刻も早く目を背けてしまいたかった。このどうしようもない気持ちから逃げだしたかったのだ。しかし、なぜだかわからないけれど、そうしてはいけない気がして、ぼくは彼女をよりいっそう強く見つめつづけた。目からは涙が流れる。ぬぐうこともしなかった。

 彼女から目を離してスマホを覗けば、ニュースや誰かのつぶやきや本の世界がそこには広がる。実際には目の前にいながらも、彼女の存在は消えてなくなる。しかし、彼女はそこにいる。彼女がなぜ倒れてしまったのか理由はわからない。病気なのかもしれないし、働きすぎていたのかもしれない。彼女にとっては確かに、悪い(と判断される)ことが起こったのだ。

 だから、そんな彼女を見つめていると、なんとも言えない感情を感じる。それは決して居心地がいいものではない。ぼくらは、、いやぼくは、たのしいことや心地よいことばかりが起こってほしいと思っている。できることなら嫌なことや不都合なことからはできる限り目を背けていたい、と。でも、目を背けても、それはそこにある。人生は往々にしてそういうものだ。

 たとえば、彼女が倒れてしまったように、ぼくが、もしくはぼくの家族が倒れることだってふつうにありうることなのだ。倒れる恐れを直視しないほうが、その場では楽だけど、倒れてしまう要因を見逃してしまう可能性がある。むしろ、恐れは恐れとして直視して、それに飲みこまれてしまわないように注意していると、いまより自分の体調に気をつかえるようになったり、対策を打てるようになると思うのだ。嫌なことや不都合なことから目を背けず立ち向かう勇気を持ちたい。

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 きょうも読みにきてくださって、ありがとうございます。まだすべてを整理できていないのですが、自分にとって大切なことだと感じたので書くことを決めました。それぞれなりに解釈していただき、何かが伝われば。

追伸、、、
 車椅子を持って駆けつけた駅員さんが来たときには、彼女は表情を取り戻しつつあり、肩を借りながら歩けるようになっていました。

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今日も来てくれてありがとうございます。
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末吉 宏臣

物書き、編集者。年内フォロワー1万人を目指してます。応援よろしくお願いします。小説集『ブンガクフリマ 28ヨウ』に短編小説が掲載。自分らしく生きるためのメルマガを月額400円で配信中です。ツイッターも:https://twitter.com/hiroomisueyoshi

琴線に触れたnote集

何度でも読みたくなる。 出会えたことに心から感謝したい、素敵なnote集。

コメント1件

見てみぬふりしてはいけないということですね。いじめなんかもそうだし。
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