見出し画像

さみしさだって、愛の表現の一部で。

 フランス行きに向けて荷物が減りつつあるリビングはガランとしている。広くなった床にあぐらをかいて、目の前に岡本太郎デザインのマグカップをコトンと置いた。豆の残りが少なくて薄味になったコーヒーにココナッツオイルを数滴たらす。さて、 note でも書こうか。

 さっきまでご機嫌に国旗カードを散らかし、うちの床をヘンテコ世界地図化していた娘が急に泣きだした。最近できるようになったハイハイでこちらに近づいてくると、ぼくのズボンに鼻水をなすりつけながら膝にしがみついてきた。泣いてるところ申し訳ないけど、かわいいからしばらくそのままに。抱っこするとウルトラマンが怪獣を倒し終えるよりも早く眠ってしまった。

 娘がうちの家族の一員としてやってきて、もうすぐ一年を迎えようとしている。早かったような気もするし、もうずいぶんと前のことのようにも感じる。彼女が寝静まったあとに、妻と一緒にアルバムアプリをさかのぼる。Before人間のお猿さん期、ぷっくり真っ白お餅期、はじめて鉄のスプーンを咥えた瞬間の奇跡の西田敏行顔などを見ていると、こぼれる笑みを抑えることができず、「可愛いね」の無駄遣いが止まらない。

 ある夜、妻とふたりで布団に入って、娘のよこ顔を眺めていた。ぼくがポツリとつぶやく。「しゃべれない時期もあともう少しなんだよね」急にさみしさがこみ上げてきた。いつかはぼくらのもとを離れてもいくわけで、、、ずいぶんと気が早いことはわかっているんだけど。ねぇ、出てくるものはしょうがなくて。

 冷たくなった足を妻のふくらはぎにはさんで温めながら思い出した。それは、父が亡くなる少し前に感じた、「あと何回、両親と一緒にお正月を迎えられるだろう」という気持ちとちょっと似ていたのだ。その日は、春がもうすぐそこまで来ている冬のおわりの一日で、白金台のドンキホーテの前で信号待ちをしていたんだ、たしか。

 さみしさって、もしかしたら愛から出てくるものなのかもしれない。目の前の人や景色、つまりは今という瞬間に対する愛おしさが根っこになっていて。だからこそそれが失われるかもしれないと感じるとき、ぼくはさみしくなるんじゃないかと。そう考えると、さみしさもそんなに悪いもんじゃないなと思えてくる。

 寒い日ってやっぱり、さみしくなりがちで。でも、変な表現ではあるんだけれど、さみしさをいっぱい感じたくなった。いま目の前の人の、状況の、いまこの瞬間を存分に味わうために。遠いいつかの日、東京タワーが大きく見える焼き鳥屋さんに、家族3人で向かうこの日のことを、懐かしく思い出す日がくるのかな。

✳︎ ✳︎ ✳︎

 きょうも読みにきてくださって、ありがとうございます。今夜は家族3人で焼き鳥です。さっそくのビールが美味いっ。みなさんもよい夜をお過ごしくださいね✨

画像1


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

深呼吸、深呼吸〜。
129
物書きや編集者もやっている、偶然の風に吹かれて生きる旅人。同人誌『ブンガクフリマ 28ヨウ』に短編小説が収録されています。フォロワー1万人を目指していて、あと119人です。ツイッターもやってます。https://twitter.com/hiroomisueyoshi

コメント5件

素敵なお話ありがとうございます。
末吉さんのお話にはいつも
ほっこりさせられてしまいます。

私もそんな風に書けるようになりたいです。
うれしいなぁ。コメントが入りましたのお知らせを見た瞬間のうれしさって、小さなものなんだけど確かなもので、心をあたためてくれます。ありがとうございます。よいお年をお迎えください😌
情景が目に浮かんで、ほっこりするやら寂しくなるやら。

「この瞬間」が、ずっと続かないことを知っているから切なくなるんですね、きっと。

良いお年をお迎え下さい!
ほほえましく、情景を想像しながら読ませてもらっています。

来年もご家族と、ステキな毎日を過ごされますように。。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。