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生前の父に宛てた手紙。 P016.

 引っ越しが終わった。その足で本田健さんのオフィスへ向かっている。こんな日に、健さんのところに行くのが、まぁなんだか象徴的な気がしなくもないが、ひとまず無事に部屋を明け渡すことができてよかった。マンションの前で妻と娘と3人で抱き合って、家族チームの健闘を称えた。

 自分たちが悪いといってしまえばそれまでなのだが、それ以外にもやることが積み重なっていて、実質ほぼ3日で引っ越しを敢行した。それも引っ越し業者をつかわず、お義父さんのワゴン車を借りての、自前の引っ越しである。流れに身を任せた結果なのだが、にんげん本気になれば、たいがいのことはなんとかなるものだ。

 引っ越しも最終盤。毛布をワゴンに積み込み、うしろを振り向く。夕日が眩しくて、とっさに目を細めた。あまりの光のつよさにすぐ目をふせてしまったのだが、それはぼくたちの未来のように思えた。太陽の力強い祝福を全身に受けて、前に進んでいこうと。

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 「さぁ、ここからが楽しみだ」と、そういう未来に対するワクワク感だってもちろんあるのだけれど、とにかくいまこの瞬間、目の前のことを十全と味わっている感が強くて。それは忙しいからこそ、、というか、自分にとってほんとうに大切なことに取り組んでいるからこそ、、という表現のほうが正しいと思うが、生の実感が強くなっているのかもしれないと感じている。

 そして、そんなときって、不思議な偶然というシンクロニシティのプレゼントを、世界は用意してくれていて。なんて粋なんだろうと思う。

 きのうきょうなんかは、もしかしたら当事者であるぼくたちよりも熱心に、お義父さんが引っ越しの手伝いをしてくださった。有り難い限りであるのと同時に、ふたりきりの時間が多く、たくさんの会話ができて楽しかった。

 お義父さんのことをより深く理解できた気がしている。なによりも、ぼくたちのことを大事に思ってくださっていることが伝わってきた。サンドイッチをほおばりカフェラテを飲みながら車に乗って、ビジネスのことや娘の教育のことについて話をしていると、なんだかほんとうの父親のように感じられた。

 そんな父の愛情のようなものを感じたあと、引き続き荷物の積み込みをするぼくの手を、妻のひと言が止めた。「ちょっとこれ読んで」渡されたのは、一枚の封筒。そこには金色の四葉のクローバー。

 「手紙? あとでいいじゃん、こんな忙しいときに」ぼくが作業に戻ろうとしたが、妻は引き下がらない。「いいから読んで」ぼくはしぶしぶ封筒を開けて、折りたたまれた二枚の便箋をひらいた。

 「これって……」それ以上の言葉が出てこないぼくに、妻は「そう」とだけ言った。ぼくは手紙を読みはじめた。

 それは、生前の父へ宛てた、ぼくの手紙だったのだ。父が亡くなったあと実家を整理しているとき、妻が見つけてとっておいてくれたのである。あの豪快な性格の父が、ぼくの手紙を残してくれていたなんて、、、。うれしさをはるか通り越して、戸惑ってしまったというほうが正確かもしれない。

 読むと、ぼくの正直な、ほんとうに正直な気持ちが綴られていた。それは、どれほど父に甘えてきたのかということ、しかし同時に、どれだけ父を恨んでもいたのかということ、そんなことが一生懸命に、できるだけ正直であろうと一生懸命に書かれていたのだ。

 そして、はっきりと思い出した。ぼくがどれほど父に愛されてきたのかということを。それはもう言葉なんかでは表現できない、とにかく父のすべてでぼくを愛してくれていたことを。

 お父さん、ありがとう。

 こがんタイミングで、こんな形で、

 カッコよすぎやろう。

 そがんキャラじゃなかったと思っとったけど、天国に行ってカッコよくなったっかな?

 ちょっと笑えて、また泣いた。

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物書きや編集者もやっている、偶然の風に吹かれて生きる旅人。同人誌『ブンガクフリマ 28ヨウ』に短編小説が収録されています。フォロワー1万人を目指していて、あと119人です。ツイッターもやってます。https://twitter.com/hiroomisueyoshi

コメント3件

末吉さんずるい😭
泣いちゃうっしょ?
末吉さんとヒッキーさんとの場面が思い出されて泣かずにはいられない。
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